ザ・コーブ
日本のイルカ漁を素材にしたザ・コーブというドキュメンタリーがオスカーを取ったという。悪意的だとか、事実を歪曲しているとか、隠し撮りがけしからんとか、日本の文化だとか、いろんな、そしてしばしば過剰な、反応がある。
ドキュメンタリーを撮った側はイルカ漁反対を訴えているわけだ。沿岸のイルカ漁は違法というわけじゃない。農水省が頑張って禁止論を封じ込めている。残酷だからとか知性があるから反対だという。その辺の感覚は、ぼくにはよくわからない。それ以上に、彼らが「残酷」だという漁のようす、赤く染まった海を見ても、「そんなもんじゃないかなあ」と思ったりする。野生動物の狩り(魚釣りを含めて)なんて、どう理由を付けても残酷だし野蛮だし。
ホーメル社争議のドキュメンタリー、アメリカン・ドリームでは豚を次々食肉処理するラインのシーンがあった。やっぱり今年のオスカー・ノミネート作品でFood Inc.には、何だかわかんないうちに豚が死んでしまうフロアのシーンがある。太地のイルカ漁の場面と比べて「これは豚に優しい殺しかただ」とは思わない。自分が殺される立場だったら、銛で突き殺されるよりは、何だかわかんないうちに死んでるという方がいいかなとは思うけど、まあね、どんな殺し方であれ、決して見て楽しいもんじゃない。
しかし反対派の元イルカ調教師って、フリッパーの調教をやってたんだね。突然、なつかしい画面が出てきて驚いた。子供の頃、「わんぱくフリッパー」を喜んで見てたんだよ、おじさんたちは。
で、どうでもいいけどぼくの祖母は和歌山で育ったとかで、子供の頃は、よく鯨肉を食べたもんです。給食にも鯨の竜田揚げとか出たし、キャンプには鯨の大和煮の缶詰とか好きでよく持ってったし。
ところで隠し撮りという撮影の手法がよくないという批判がある。ザ・コーブは、もう開き直りの隠し撮りだ。おそらくその前に「撮影させろ」「だめだ」という、うんざりするやりとりがあったんだろう。隠し撮りの部分より、スパイ映画のような隠し撮り大作戦を準備するようすや、撮影させまいとする日本側の官民挙げての妨害のようすが面白い。「逮捕されたら23日勾留される」とか「90%以上有罪にされる」とかの会話もなかなかリアル。もう、確信犯だ。
一般的に、隠し撮りはよろしくないとされる。だけど北朝鮮やビルマみたいに徹底的な秘密主義の場所では潜入隠し撮りがやむを得ないように、徹底的な撮影拒否、取材拒否されたら、隠し撮りもやむを得ない。このへんはケース・バイ・ケースだろうけど、ザ・コーブのようなケースはやむなし、なんじゃないかな。メインの「隠し撮り映像」は、最後の方でやっと数分出てくるだけで、要するにこの映画のほとんどは、普通に撮影された映像だ。「隠し撮り」ってのは、もしかして映画のプロモーションのためのキャッチコピーでしかないのかもしれない。
ちなみに隠し撮りと言えば、同じくオスカーにノミネートされていたBurma VJ(ビルマVJ)も隠し撮りだ。内容的には、ぼくは絶対Burma VJの方がすごいと思うんだけど。同じ「隠し撮り」でも、ちょっとレベルが違う。ザ・コーブの「隠し撮り」は、ワイドショーの「潜入取材」みたいな、どっちかというと「やったぜ」的映像。Burma VJの映像は命がけの緊迫感に満ちている。
ところで捕鯨やクロマグロなんかは代表的だけど、日本は世界中の水産資源を食い尽くそうとしているという批判がある。この現実はまた、「イルカが魚を食うからイルカを獲るんだ」という理屈にもつながっていて、なんだか話はややこしいんだが、魚イーターの日本人は、水産資源の保護についてもっと考えた方がいい。ザ・コーブにはそのへんの話も出てくるけれど、答えはない。これは日本人が考える問題なんだろうね。
ザ・コーブが「残酷な日本のイルカ漁をやめさせよう」というところから踏み出せていないのは、何だか残念な気がする。少なくともぼくはこれを見て「反イルカ漁キャンペーン」に賛同しようという気にはならなかった。
面白かったとすれば、前述のような隠し撮り大作戦とかの部分で、外国の活動家から見たら日本の社会はずいぶん異様なんだろうなあという、まあ、このドキュメンタリーの本質から外れた部分だったりする。ただ、思うに、このあたりの描写が斬新で面白いからオスカーを取れたんじゃないだろうか。
前述のFood Inc.は工業化された食品の怖さを描いていて、ぼくの興味としてはむしろFood Inc.の方が面白かったんだが、映画としては隠し撮り大作戦の面白さに負けてた(ちなみにFood Inc.にも隠し撮りのカットが使われている)。ちょっとスリリングな隠し撮り大作戦が映画を面白くしたとすれば、最高の功労者は太地町の関係者のみなさん、という皮肉なことになりそうだ。
しかしまあ、ネットであれこれ被害妄想的に書かれているように、政治的な陰謀だとか、欧米の傲慢だとか、価値観の押し付けだとか、反日だとか、環境テロだとか、そういう印象は特になかった。もちろん、「イルカ漁をやめさせろ」という前提を強調する構成だから太地町の人が見たら腹が立つかもしれないけど、ドキュメンタリーってそんなもん。
それより、野生動物を捕獲して食べるってことが太地町の人にとってどんな意味があるのか、ひいては人類にどんな意味があって、問題があるとすればそれをどう克服して未来につなげるのか、みたいな視野があったらよかったのに、と思う。文化的な背景が描かれてないからか、説得力に欠けるなあという感想であります。
もともと隠してなどいなかった。
太地町のイルカ漁は隠してなどいなかったようです。
ですがここ数年、過激な環境保護団体が妨害が続いた為隠す(非公開?)ようになったそうです。
それを今度は日本は隠れてこんな酷いことをしていると批判しだしたんです。
太地町の人たちからすれば、人の(しかも他国の)土地に勝手に入ってきて何してるんだ!ってなりますよね。
しかも普通に出ているという人たちもこんなことに使われるとは思わなかったと仰っている方もいるといいます。
中立でこういう事があるというのを伝えないで、一方的に相手を詰るような映画がドキュメンタリーですか?
水銀問題といいますが、この土地の人たちで長年食べていて水銀によって健康被害が出たと訴えられている方がいますか?
欧米の価値観でしか見ていないから、日本国内で批判されているんだと思いますよ。
文化的な背景を期待するのがむり。
この映画の制作側のインタビューを読めばすぐわかるが、様は、アジアの片隅のちっちゃな漁村を悪人に仕立てて、面白おかしく揶揄すれば儲かるとしか考えていない連中だからね。
文化なんか考えちゃいない。環境問題にさえ何のアイデアも持たない連中だからね。
監督のインタビューで、牛や豚の屠殺みて肉が食えなくなったが、家族や日本人に肉を食うなとはいわないそうで、畜産業には理解があるが、漁業はお嫌いのようです。残酷だからという理由でイルカ漁を批判するなら、豚や牛はどうかという問いには答えてくれない人です。
また、イルカ漁をアウシュビッツにたとえていますが、有るブログによると、有名な「ドナドナ」という歌は、アウシュビッツに連行されるユダや人と、この歌の子牛を重ねるものであり、「ドナドナ」はユダヤ語のアドナイ(私の神よ)に通じており、明らかにアウシュビッツの悲劇を歌ったものであるそうです。
殺される前提で人間の都合によって生まれさせられ、健康に育てばやがて100%処刑される家畜の一生と、自然に行き、運悪くシャチや人間に狩られるけれど、自由に生きるイルカのどちらが幸せなのか?
新しいコメントの投稿