アメリカの労働映画
先日封切られたマイケル・ムーアのキャピタリズム〜マネーは踊る〜の最後の方で、「日本は自由に労働組合が作れる」と、日本を賞賛するようなコメント、というか、アメリカの労働法制のひどさを強調するためのムーア流テクニックなんだろうけど、まあ、そんなシーンがあった。確かに、日本の労働法制は世界的に見ても相当よくできてるんだけれど、「法律なんて、みんないいことばっかり書いてあるもんさ」という考え方もある。特に市民的権利とか労働者の権利とかってのは、法律よりも運動そのものの内容だよね。
マイケル・ムーアというと、米国の矛盾を笑い飛ばしながら、いかに米国社会が奇妙な仕組みになってるか、みたいな内容の映画を作ってきていて、どれも面白いのだけど、労働運動がらみで言えば、デビュー作のロジャー・アンド・ミーとかザ・ビッグ・ワンとかだろうか。最新作のキャピタリズムは労働がテーマってわけじゃないけど、労働組合の重要性をしっかり主張してる。というか、キャピタリズムの横暴に歯止めをかける現実的な選択肢は、ユニオンぐらいしかないんじゃないかと思う。
もっとも、米国の映画の中で労働組合が登場すると、マフィアとつるんで贅沢三昧の堕落した労組幹部、みたいなのが出てきたりするんだけど、これは伝説的なチームスターのリーダー、ホッファのイメージがあまりにも強烈だったからかな、と思う。
ホッファというホッファそのものの映画もあったりするし、F.I.S.T.という映画も、たぶんホッファがモデルなんだろう。どちらも有能なユニオンのオルグが、マフィアとの関係でおかしなことになってしまうという話。確かにホッファはダーティだったのだが、いまだに彼の強烈なリーダーシップの信奉者はいる。現在のチームスターの委員長もホッファの息子だそうだ。カリスマ的リーダー、米国らしいメンタリティだと思う。ジャック・ニコルソン(ホッファ)とかシルベスター・スタローン(FIST)みたいな人気俳優を使ってハリウッドが作る映画だから、労働運動というよりは、大きな組織をグイグイ引っ張っていくヒーローの人間性が中心になってしまうのはやむを得ないか。
その昔の波止場なんかも、アメリカの労働映画に数えられたりもするけれど、あれもやっぱり「それでも立ち上がって勝つ」みたいなヒロイズムで落としちゃう。娯楽映画なんだからしょうがないんだけど。
労働運動的には、怒りの葡萄とか地の塩とか、ちょっといろいろ微妙だけどノーマ・レイといった映画の方が面白い。怒りの葡萄はスタインベックの小説が原作で、過酷な労働条件で働く農場労働者の家族の物語。地の塩は事故をきっかけとする鉱山労働者のストライキと、それを支える女たちの物語。ノーマ・レイは工場に入ったオルグとヒロインが組合を作って戦いを始める、という実際の争議をベースにした物語。
労働運動的にはノーマ・レイはいろいろ批判もあるらしいけど、それでもドラマとしてはとても面白くできてる。
怒りの葡萄は、有名なジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演と、豪華キャストで、これも原作との違いなんかでいろいろあるらしいけど面白い。
地の塩は、女たちの活躍がいい。制作後、相当期間、上映できなかったというと、どんな過激な映画かと思うけど、今となっては全然過激な部分はない。というより、この映画が制作された1953年という時代は、まさに東西の体制が対立していた時代で、狂ったようなマッカーシズムが米国を席巻していたわけだ。
ちなみに、怒りの葡萄、地の塩とも、タイトルは聖書に由来する。マイケル・ムーアはしばしば教会や牧師、神父を登場させるんだけど、とにかく合衆国ってのはキリスト教の国家なんだなあ、と。
労働運動に関するドキュメンタリーもいいものがある。代表的な作品は、バーバラ・コップルのハーラン・カウンティ USAとアメリカン・ドリーム。どちらもアカデミー受賞作だ。
ハーラン・カウンティ USAは1970年代の炭鉱ストの戦い、アメリカン・ドリームは80年代の食肉工場のストの戦い。どちらもとてもいいドキュメンタリーだった。ハーラン・カウンティは組合が勝利する話で、元気が出る話。
ところでアメリカン・ドリームは負けの話である。負けは負けの話なんだけど、それでも誇り高い負けかたというのか、これで負けたんだったら悔いは無い、それでも戦うんだ、みたいな終わり方になってる。
10年ぐらいの期間をはさむハーラン・カウンティとアメリカン・ドリームという二本の作品は、アメリカ社会の転換を反映する。ハーラン・カウンティは古い炭鉱の話だけれど、アメリカン・ドリームはまさにアメリカが新自由主義的な方向に走り始めた時代の話で、「スパム」で有名なホーメル社の創業者が語っていた労働者とともに栄える企業、みたいな古き良き時代の理想は、競争と利益追求の中で色あせていく。また、アメリカン・ドリームでは、現場の熱い闘争の意志に対して上部団体が水をかけるようなことをするってのも生々しい。
後半部では、ピケを越えるかどうかの攻防が描かれる。生活のために、ピケを越えてしまったと言って泣くおじさんのシーンをよく覚えてる。そういえばケン・ローチのピケを越えなかった男たちというのも似たような話だ。「ピケ」の方はイギリスだけど。
ケン・ローチと言えば、労働運動がらみのすごい映画をいっぱい撮っている監督だけど、とりあえず今回はアメリカ映画ということでケン・ローチ作品は除外しようかと思ったんだが、アメリカが舞台のブレッド・アンド・ローゼズについては書いておきたい。これも実話の映画化で、ロサンゼルスの不法移民が清掃労働者になって組合を作って、で、結局、主人公は強制送還されてしまうわけなんだが、やっぱりこれも負けの美学というのか、「それでも戦う」という心意気、あるいは「こんな不当とは、誇りをかけて戦わなければいけない」という信念というのか、そのへんがいい。不法な移民が不法な搾取と戦うわけだけど、人為的な国境を越える不法と、天賦の人権を侵害する不法、どっちが悪いんだよ、と思わないわけにはいかない。
アメリカの炭鉱の話だと、メイトワン・1920という劇映画もある。メイトワンの炭鉱で実際にあった労働者の争議と情け容赦のない弾圧の話で、「メイトワンの戦争」だとか「メイトワンの虐殺」とか言われる事件のドラマ化。警察と労働者の間で西部劇みたいというかギャング映画みたいというか、とにかく派手な銃撃戦があったというのだから、ひどい話だが、このひどい話を巧みなストーリー展開でうまく映像にしてる。
禁酒法時代のアメリカとはいえ銃で終わる争議なんて、現代的な労働運動とはまったく違う世界の話だけれど、当時の労働運動がどんなものだったのかを彷彿とさせる。労働運動うんぬんを別としても、見て損はしない。
しかし前述のハーラン・カウンティでも組合員1人が銃で撃たれて死ぬというエピソードが出てくる。米国って、やっぱりテロの国だねえ。
この時代の話としては、20世紀初頭のアメリカで初めて作られ労働組合、IWW(ウォブリーズ)の労働活動家で、労働シンガー・ソングライターの元祖でもあるジョー・ヒルの伝記映画、ジョー・ヒル(邦題は愛とさすらいの青春)というのもある。スウェーデンのボー・ウィデルベルイ監督によるスウェーデンとアメリカ合作。主題歌はジョーン・バエズが歌っている。いわゆる労働運動の側面では特にどうということのない伝記映画なのだけど、それでもアメリカの労働運動の原点を知るという意味で必見の映画と言えるかもしれない。
今の日本では、街頭で肉声で演説するぐらいならあまり官憲に邪魔されたりはしないが、歌をうたってたりすると警官だの警備だのにあれこれ文句を言われたりする。だけど20世紀初頭のアメリカではそれが逆で、演説は弾圧されても歌は弾圧されなかった。そこでジョーはアジテーションではなく、歌で市民に訴えかけた。
労働運動の「武器」としての歌は、また凶器でもある。日本にも日の丸・君が代という「凶器」が存在するが、ジョーの一団は、ある日、自警団に取り囲まれて半殺しにされながら、「星条旗にキスをしろ」、「国歌を歌え」と強制される。しかし、彼らはボコボコにされながらも決して歌わない。前後、どうしてこのシーンが出てきたのかよく覚えていないのだが、この国旗だの国歌を強制する場面は、日頃、日の丸・君が代にうっとうしい思いをさせられているぼくにとっては印象的だった。
ところで、労働運動で歌われる歌はジョー・ヒルに遡るわけなんだが、前述のバーバラ・コップルのドキュメンタリーの中でも歌はたくさん登場する。ジョー・ヒルが作った歌は、時代を越えて今でも歌い継がれていて、アメリカの労働運動の中ではいまも重要な戦いの武器になっていることを考えると、なかなかすごいもんだと思う。
歌ついでに言えば、バーバラ・コップルは音楽が好きらしくて音楽を扱った作品をいくつも手がけている。湾岸戦争の時にブッシュをバカにして全米から猛批判の嵐に巻き込まれたカントリー・グループのドキュメンタリー、シャット・アンド・シングなんかが有名なところ。面白い監督だ。
また、これは必ずしも労働運動というわけじゃないけれど、ウディ・ガスリーの伝記映画でわが心のふるさとってのもある。
しかし、労働運動なんて今時流行らないのか、せっかくこうしたいい映画があっても、日本では入手が難しかったり、そもそも日本語版がなかったりする。で、ぼくもこれらのほとんどを英語版で見たんだけれど、主な登場人物の労働者ってのはあまり上品なわかりやすい英語を話さない。英語の不得意なぼくには、なんだかストーリーがよくわかんなかったりする。特にジョー・ヒルなんて、英語とスウェーデン語(ジョーはスウェーデンからの移民だった)のちゃんぽんなので、もうストーリーは推測するしかなかったりもした(んだけど、画面を見てればだいたいわかるんだね、これが)。
なかなか見られないアメリカ労働映画の名作をまとめて上映する企画なんてやれないもんかしらん。
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