韓国独立映画 - 友人間?
性少数者の世界って、どうしても秘密っぽい。秘密っぽい世界は、秘密っぽいというだけで差別や偏見の対象になるのだけれど、差別や偏見があれば秘密っぽくもなっちゃう。
性少数者たちの声を聞きたくても、その機会は少ない。マスコミによって形成されたイメージは、たぶん歪んでいる。
メディアクト的な活動は、常に少数者や差別される人々の側に立つのが原則。そんなわけで、メディアクトは同性愛コミュニティにも積極的に映像制作の支援をしていたりする。2009年のキムチョ・ガンス監督による長編クィア映画、「友人間?」は、男の同性愛カップルがテーマ。さぞかしゲイがいっぱい見にくるんだろうと思ったら、実は女性の観客の方が多いらしい。韓国版ヤオイ?
2008年に公開された韓国の娯楽映画で「アンティーク~西洋骨董洋菓子店」というのもゲイが主人公。日本の漫画が原作で、ゲイ映画というよりゲイというある種の記号を楽しむ映画だった。完全に若い女性層がターゲットと思われるエンターテインメント映画なんだけど、こういうのはそれなりに楽しめる。
だけどこの映画は、結論から言って、よくわかんなかった。やっぱり映画って、登場人物に何か自分の中の感情を投影しないと面白くないんじゃないかと思う。で、投影できない。同性愛の世界を認識する枠組みも持っていない。たとえば、兵役中の登場人物を「男らしい」と認識すればいいのか、「かわいい」と認識すればいいのか「セクシー」と認識すべきなのか。
ちなみに、個人的にはズボンの中に手を入れるシーンとか見ると、ぼくはつい中学・高校時代に数え切れないほどホモの痴漢に悩まされた時のことを思い出してしまう。だから、ズボンの中に手を入れるシーンは、ぼくにしてみれば全然美しくも情熱的でもない「あの薄汚い痴漢どもがやる性暴力行為」につながる否定的な価値を持つシーンにしか見えない。困ったもんだ。
監督自身もゲイで、明るいゲイ映画を撮りたかったという。以前、「後悔しない」というやっぱり韓国のゲイ映画を見たけど、確かになんだか暗かった。明るいといえば明るいんだけど、しかし影のない明るさは、どこかのっぺりした感じもする。影の部分が見えないのかな。
あるいは、ぼくは彼らの世界を理解しようと思いながら、内心ではこの映画を理解することを拒否しているのかもしれない。自分ではそのつもりはないんだが、もしかするとぼくもホモフォビアなのかも。そう考えると、在特会みたいなゼノフォビアのことも、少しは理解できるような気がする。頭では「差別はいけない」と理解していても、深い所の拒絶感から自由になれない。「排斥してもいい外国人がいる」という言い訳を見つけてタガが外れてしまったゼノフォビアは、在特会のような病的な言動に出てしまうのだ。
評判は悪くなかったらしいんだけど、んー、やっぱりよくわからん、この映画は…。
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