音楽の形
洋梨の季節。
しかし、何であんなに洋梨というのはブサイクな形をしているんだろう? 地中のブサイクの王者がジャガイモなら、樹上のブサイクの王者は洋梨だと思う。
しかしあれほどブサイクな形をしてるのに、果物を描いた静物画なんかにはよく登場する。きれいなリンゴなんかと一緒に。
確かに見飽きない形ではある。
エリック・サティのピアノ曲に「梨の形をした3つの小品」というのがある。ドビュッシーだったかに「お前の音楽には形ってもんがない」と言われて、「そうか、形があればいいのか」とばかりに洋梨の形の音楽を作ったんだそうだけど、わざわざ選んだ形があのブサイクな洋梨だったというのが面白い。
ドビュッシーが言ったのは、音楽の形式とか構造とかのことだったんだけど、サティはそんな堅苦しいのが嫌いだったという。
サティの反感もわかるような気もするし、サティの作曲の才能を惜しんだドビュッシーの気持ちもわかるような気がする。
ぼくが聞くクラシックというと、いわゆるウィンナ・クラシックがほとんどで、これはもう形式の塊みたいな音楽。ソナタ形式だとかロンド形式だとかいろんな種類があって、楽章の立て方もだいたい起承転結的な感じになってる。
なんでわざわざこんなめんどくさい制限を作ったのかわからないけど、捕らえ所のない音を型にはめることで抽象的なエモーションについて普遍的な解釈をしやすくしたのかなあと思ったりもする。
その後、音楽家たちはいろんな制約から抜け出すために、いろいろな試みをするわけだけど、まあ面白いもんです。
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