外国人を差別する理由
休暇で日本に来ている韓国のメディア活動家と外国人差別の話をしているとき、「韓国人が嫌いな日本人は、どういう理由で嫌ってるの?」と聞かれた。
で、ぼくが知っている限り、説得力のありそうな各種の「理由」を並べ立ててみたのだが、どうにも説得力がない。
結局、理由なんてないんだ。彼らは韓国人・朝鮮人、あるいは外国人が嫌いだというだけで、あれこれの理由は後付けに過ぎないんだ。だからゼノフォビア(外国人恐怖症)だと言われる。
「ゴキブリが嫌い」という人はよくいるけど、その理由はといえば、「黒光りしてる」とか「逃げ足が早い」とか。同じように黒光りしているカブトムシはオッケーで、ぴょんぴょん逃げるバッタもオッケーでも、相手がゴキブリだとそうした理由が「嫌いな理由」になってしまう。ゴキブリはゴキブリだから嫌い、というべきなのだ。
ゴキブリと外国人を同列にしちゃいけないけど、外国人嫌いも結局、「外国人だから」というのが決定的な理由で、あとの理由は「外国人だから嫌い」という、何の根拠もない自分の偏見が恥ずかしいから、もっともらしい理由を並べてみるだけなんだろう。
たとえば在留特別許可で日本に滞在する外国人を排斥する人たちがいる。いろいろ理由を並べたところで、在留特別許可を得た外国人は合法的に日本に在住しているわけで、排斥する理由はない。在留特別許可を含め、必要な要件を満たさずに在住する外国人を排斥するというのなら、まだ理由っぽくはあるけれど、しかし在留特別許可という制度そのものが、法の要件を満たさずに滞在する外国人の存在が前提になっているわけで、合法であれ違法であれ、資格外の住民は存在するし、ある程度の範囲でそれを許容するのが国家ってもんだ。
歴史的理由うんぬんも理由にしてたりもするけどこれに至っては論理の体をなしていない。願望や自分の好き嫌いの話を強引に歴史的理由だの歴史認識だので取り繕ってるだけ。歴史認識の話をしたいんだったら、それはそれで好きなようにやってもらえばいいんだけど、それを外国人排斥みたいな卑劣な差別の合理化に使うところが浅ましい。
で、ぼくはそういうゼノフォビアの人たちをゴキブリのように嫌っているのだが、その理由は彼らがゼノフォビアだから。
それ以上の理由はない。
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