イタリアーノ

9月8日2009年

イタリアと言えばエスプレッソの本場。そもそも「エスプレッソ」という単語自体、イタリア語だし、チンバリーやパヴォーニをはじめとする有名なエスプレッソ・マシンのメーカーの多くがイタリアにあるし、Illyもイタリアのロースター。
しかしイタリア人がエスプレッソばかり飲んでるかというと、そんなことはない。イタリアで一番普通に飲まれているコーヒーは、マキネッタでいれたコーヒーだという。

マキネッタ(あるいはモカ・ポット)は、「直火式エスプレッソメーカー」と言われたりもする。日本で普通に飲まれているレギュラーコーヒーと比べれば、「どっちもエスプレッソでいいじゃん」と思うのだけれど、イタリア人はマキネッタで入れたコーヒーをエスプレッソとは決して呼ばない。イタリア人にとって「コーヒー」という飲み物は、マキネッタでいれたコーヒーであって、エスプレッソは「エスプレッソ」という別の飲み物なんだそうだ。
エスプレッソマシンを買えない貧乏人がマキネッタでいれたコーヒーを飲む、なんて説を聞いたことがあるのだが、これは俗説らしい。最近は家庭用のエスプレッソマシンも安くなって、エスプレッソマシンを持っている家庭も多いが、エスプレッソマシンを持っていても、普段飲むのはマキネッタでいれたコーヒーなんだそうだ。以前、YouTubeでイタリア系アメリカ人が、イタリアン・コーヒーの解説をしているビデオを見たことがある。そのビデオの中でも「朝のコーヒーはこれじゃないとダメ」みたいな感じでマキネッタのコーヒーを紹介した後、「エスプレッソはこれで作る」と全自動のエスプレッソマシンを紹介していた。

ちなみに、俗説といえば、「イタリアのコーヒーは真っ黒に焙煎したイタリアン・ローストを使う」というのがある。ぼくもしばらく前までそう思っていたのだけど、「これがイタリアで一番ポピュラーなコーヒー」という粉を見てびっくりした。真っ黒な粉を期待してたのに、明るい茶色の粉で、ローストで言えばイタリアン・ローストどころか、フルシティでさえない、シティロースト程度のちょっと深めの中煎りといった感じで、味も苦味より酸味が強かった。スターバックスみたいな苦味の強いアメリカ系エスプレッソは、イタリア人からは「苦くてまずい」と言われるらしい。

ところで日本のコーヒー・マニアは、妙に求道精神が旺盛で、「本当のコーヒーの味」を求めて日夜精進していたりする。砂糖やミルクは「本来の味」を壊すからブラックしか飲まないとかいう人も多い。独自の日本的コーヒー文化である。
もっとも、コーヒー文化ってのは本当に国によってさまざまである。それぞれの国や民族の食文化という文脈で、それぞれ特殊なコーヒー文化があるので、日本だけが特殊というわけじゃないのだけれど、マニアの中には「本当のコーヒーというものは…」とか「こんなコーヒーは飲めない」とか、ちょっと妙な方向に行っちゃってる人もいて、また、そういう方向を肯定するような雰囲気もあるような気がする。ぼくは違うと思うんだけどね。

マキネッタでいれるイタリアのコーヒーの魅力は、たぶん、その「イタリア的いい加減さ」にあるんじゃないかとか思う。ストイックで求道的な日本のコーヒーと違って、いろんなフレーバーを混ぜたり、ワインやリキュールを混ぜたりしてコーヒーを楽しんでる。豆についてもいい加減で、適当にスーパーで売ってるグラインドした安い粉を使うのが普通である。
日本で言えば普段飲んでる緑茶みたいな感じなんだろう。日本は緑茶の文化の本流だけど、日本人も「お茶はこれでなければいけない」とか言って、毎日抹茶ばかり飲んでるわけじゃないんだから。

日本人に番茶のいれかたを説明させれば、だいたいは「急須に適当に葉を入れて、お湯を注いでしばらく待てばいい」という程度の答えになる。イタリア人にマキネッタの使い方を説明させれば「下のカップに水を入れて、コーヒーの粉をフィルタに詰めて、サーバをねじ込んで火にかける」ぐらいの答えしか返ってこないだろう。実際、マキネッタの説明書にもそれぐらいしか書かれていない。特別なテクニックだとか、コツみたいなものがあるとすれば、フィルタに粉を詰めるとき、押し固めないこと、洗剤で洗ってはいけないこと、ぐらいか。

ところが、実はこのシンプルなマキネッタにも、いくつか注意すべきポイントがあって、単に説明書の通りにやっても必ずしもおいしいコーヒーができるとは限らない。たとえばエスプレッソやマキネッタの説明をしているウェブサイトを見ると、しばしば「マキネッタで入れたコーヒーは焦げたような、焼けたような味がする」という記述に出くわすのだが、これはガスレンジの火が強すぎるのが原因だ。レンジの火力を下げれば焼けたような味にはならない。また、あまり長時間火にかけたままにしておくといけない。下段のカップの水が少なくなって、ボコボコという音がバシュッ!バシュッ!という感じになってきたら火から下ろさないと焦げた味になる。
火力を下げても焦げたような味が気になる場合は、マキネッタを火にかける前に、上のカップに少量の水を入れておくというテクニックがある。こうすると、多少火力が強くても上のカップが熱くなりすぎない。
実際、温度が上がりすぎるのはマキネッタの弱点なのだが、これを逆手に取って、上のカップに水ではなく、砂糖を入れておくというワザもある。すると、この砂糖が加熱されてカラメルっぽいフレーバーのコーヒーが楽しめる。下の段に水と砂糖を入れておくという手もあるらしい。
砂糖を使ったテクニックのひとつに、クレマが出ないマキネッタのコーヒーに、砂糖のクレマを乗せるというワザもある。最初、微量のコーヒーがジュワジュワと出てきたとき、これを別のカップに入れた砂糖と混ぜ、スプーンでガシガシかき混ぜるのである。すると、砂糖が細かい空気を含んだ茶褐色のペースト状になるので、これをマキネッタで作ったコーヒーに入れてかき混ぜると、あら不思議、いかにもエスプレッソマシンで作ったエスプレッソのクレマみたいな層ができる。
この他にも、コーヒーの粉の詰め方のワザもいろいろある。たとえば濃いコーヒーが好きならドーム状に盛って、ならさずに上のカップをねじ込むとか、フィルタに詰めたコーヒーに箸の先などでプスプスと穴をいくつかあけるとさらにおいしくなるとか。効果のほどはよくわからないのだけど、抽出するとき、最初のうちはふたをあけたままにしておくといい、という。コーヒーが飛び散るのを防ぐために、ティースプーンをかぶせるといいともいう。ふたを開けたままにすることは、もしかするとカップの過熱を防ぐ意味があるのかもしれない。
水位も重要で、フィルタの下すれすれまで水を入れる方がいいらしい。水位が低いと熱で余分な空気が膨張し、充分加熱されていないぬるま湯がコーヒーの粉を湿らせてしまう。いっぱいに水を入れることで、これを防ぐことができる。
それからエスプレッソのようなトロリ感が欲しいときには、少し多めに粉を入れて、下の段に入れた水の半分ぐらいが上がってきたときに火から下ろす。

探せばもっといろんなテクニックがありそうだけど、こういたワザを駆使すれば、マキネッタでおいしいイタリアン・コーヒーをいれることができるようになる。
ポイントは上のカップの過熱を防ぐこと、なんだけど、まあ、過熱で焦げた味になっても、ミルクと砂糖をたっぷりいれれば気にならない。やっぱり大雑把なイタリアらしく、あまり細かいことは気にせず気楽に飲む、ってのがマキネッタらしくていいと思う。

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