トルコ行進曲、きらきら星変奏曲
モーツァルトは苦手だった。嫌いなわけではないのだけれど、なんだか出来過ぎって感じで、交響曲40番だとかピアノ協奏曲21番とか。今は歳のせいか、それなりに聴いて楽しんでいたりもするけれど。
それでも例外的に昔から好きだったのが有名な「トルコ行進曲付き」と呼ばれるK.331と「きらきら星変奏曲」と呼ばれるK.265のピアノ曲。両方とも何だかお子様向けみたいな曲で、いい歳のオヤジとしては何だか居心地が悪いんだけど、やっぱり好きなんだからしょうがない。
しかし音楽の内容については今回はパスして、この二曲の不可解な題名について書きたい。
K.331は「トルコ行進曲付き」、K.265は「きらきら星の主題による12の変奏曲」と呼ばれているのだけれど、本来、K.331の方は3楽章だけに「トルコ風」と書かれていて、K.265は「ああ聞いてよママの主題による12の変奏曲」みたいな感じのタイトルのはずなのだ。
モーツァルトの時代にオスマン・トルコの軍隊がトルコの行進曲をたくさんヨーロッパに持ち込んだ。だから「トルコ風」の音楽ってつまりトルコの行進曲のことだったわけで、確かにシンバルがじゃんじゃん鳴ってる行進曲っぽい感じもする。しかし「行進曲」じゃないだろ、と思うのだ。まして「トルコ行進曲付き」なんてタイトルにするのはおかしいんじゃないかと。
ところで英語でも第3楽章をTurkish Marchと言うことはある。しかし普通、英語だとRondo Alla Turcaとかが普通だと思う。ブルーベックの名盤Time OutにBlue Rondo A la Turkという曲が入っているのだけれど、これはRondo Alla TurcaがあってこそのBlue Rondoなのである。この曲、邦題は「トルコ風ブルーロンド」になっているのだが、そんな翻訳をしたらブルーベックのジョークが通じない。かといって、「ブルーなトルコ行進曲」にすりゃいいかというと、そうでもないような気もするが。
関係ないけど、ジャズの邦題はひどい訳が多い。最低は、ラロ・シフリンの諧謔精神に溢れた名盤、通称「サド」(正式な題名はあまりにも長い)の中に「すすり泣く柳の木の下で」と題された曲。これは元のタイトルがBeneath the Weeping Willow’s Shadeだったと思う。確かにWeeping Willowをそのまま訳せば「すすり泣く柳」かもしれないけど、辞書を引けば「シダレヤナギ」と出てます。いくらなんでも「すすり泣く柳」はないだろー?
もうひとつ、「きらきら星」。少なくともあのメロディを「きらきら星」にしたのは、モーツァルトの与り知らぬ後世の人で、モーツァルトの時代はティーンエイジャーの間で流行したシャンソンだった。ティーンエイジャーもガキかもしれないけど、ABCも知らないようなお子様の歌じゃない。
だから、英語のタイトルもTwelve Variations on “Ah vous dirai-je, Maman“なのであって、決してTwelve Variations on “Twinkle, Twinkle Little Star“なんかじゃない。
と、ここでふとWikipediaを見たら、中国語だと「小星星変奏曲」なんだね。ふむ~…
しかし、音楽の世界ではオリジナルの響きを出すために、わざわざモーツァルトの時代の楽器を復元して演奏したりするのにだ。なぜ題名を無神経にモーツァルトが与り知らぬ後世のお子様向け替え歌のタイトルにあわせるんだ? 「現代風の解釈だ」なんて高級な話ではなく、単に曲の題名なんて、適当に区別できりゃいいということなんだろうし、まあ、実際、K.331とか265とか言ってもモーツァルトが聞いたら「何だ、その番号?」だろうし、ベートーベンの「運命」みたいに勝手にくっつけられたいい加減な題名もあるわけで、題名なんてどうでもいい話なのかもしれないけれど、…いや、やっぱりこれは違う、という気がしてしょうがないのである。
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